第30回「収益性の高い不動産の相続税対策」
複数の不動産所有では計画的信託契約が必要
相続税対策としては、不動産そのものをどう引き継ぐかの対策とその不動産から発生する果実、つまり家賃の対策をする必要があると思います。たとえば、不動産の価値が1億円でその物件の賃料が年間1千万円だったとします。その不動産を後継者に引き継ぐ場合1億円の不動産そのものと、その不動産の所有者である人の財産の対策が必要になるということです。
賃料から固定資産税などと借入金などの返済と所有者の生活費などを引いたものの残りが毎年所有者の財産として増えていくことになります。そこで、不動産そのものを相続まで待つことなく後継者に渡した方が、その不動産の賃料に対する対策が早く取れることになります。
しかし、不動産の所有権を渡してしまうのにはまだ不安がある場合や贈与にすると多額の贈与税がかかり、その資金を用意するのが困難であるというようなことがあって、なかなか実行に移せないということが多いのではないかと思います。
そのような場合に親愛信託を活用します。所有権を動かしやすい信託受益権にすることで、元々の不動産の所有者の意思を引継いで、自分の好きなタイミングで後継者に財産権や管理の権限を渡すことができます。ただ、1つの契約について、信託受益権は1つになるので、複数の不動産を持っている場合、計画的に信託契約を作る必要があります。
所有権よりも自由度が増す親愛信託の仕組み
1億円の不動産を親愛信託にします。この不動産の所有者がA、後継者がBとします。BはAの子になるケースが多いと思いますが、子でなくても構わないので、あえて後継者という表現にしています。後継者候補が複数いる場合もあると思いますが、そのような場合はまた別の回でご説明することにして、今回は後継者が1人のケースを紹介します。
後継者が十分に信頼できて、不動産の管理もできるような状況の場合、Aが委託者として、Bを受託者とする親愛信託契約を結びます。後継者Bが、まだ後継者として十分に育っていない場合は成長するまで待って、後から受託者を交代できるようにAの自己信託で信託をスタートさせます。そして、1億円の不動産の信託受益権をAの個人財産やBの個人財産などを考慮しながら少しずつ後継者Bに贈与もしくは譲渡していきます。どちらにしても税金がかかってくると思いますので、そこは税理士さんと相談しながら後継者の成長も見て渡していきます。
譲渡にすると受益権相当分の金銭がAのものになり、将来の相続税のことを考えるとその対策も必要になりますが、その後の家賃相当分は後継者Bの財産になりますので、Aが長生きすればするほどその効果は大きくなります。Aの相続人に遺留分を請求してくる可能性がある場合は譲渡にすると持ち戻しの心配もありません。もう一つ受益者変更権者を設定しておくと後継者Bが後継者としてふさわしくない状況になれば受益者を別の人に変更することもできます。
もちろん受益権を持っている人が変わるので、みなし贈与として贈与税はかかりますが、なかなか次世代の人に不動産を譲ることに踏み切れない原因の一つが、「もしも将来、自分の想定したことと違うことになったら」と思い踏み切れないのではないでしょうか。そこで、信託財産にしておくことで将来想定外のことが起こった時の対策を取っておきます。そうすると信託をスタートさせるハードルが低くなり信託を実行しやすくなるのではないでしょうか。
不動産自体を管理、運用していく受託者も場合によっては後継者Bから自分Aに変更することも可能です。所有権のままではできないことが信託財産にすることで自由度が増します。親愛信託は、これまで、あきらめていたことが実現できる素晴らしい仕組みです。
監修:特定行政書士 松尾陽子(まつお ようこ)
よ・つ・ばグループ協同組合 親愛トラスト理事長
略歴
2015年行政書士まつおよう子法務事務所開業。
16年1月ソレイユ九州発足、同年8月法人化し(一社)よ・つ・ば親愛信託普及連合に名称変更。17年9月協同組合親愛トラスト設立。現在は専門家向けの連続講座やZoomセミナーなどを通じて親愛信託の普及活動に励む。
著書に『理想・希望通りの財産管理を実現する!カップルのための「親愛信託」』(日本法令)、『ここまで使える!自己信託&一般社団法人を活用した資産承継・事業承継(河合保弘氏との共著)』(日本法令)などがある。
(第1061号 2021年9月16日発行 より 引用)
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