第19回「認知症対策と介護、信託と後見の使い方」
何のために信託したのか その目的が大変重要
信託はいろいろな使い方ができますが、一番多く使われているのは認知症対策での活用だと思います。認知症になってしまい判断能力がなくなってしまうと自分の財産でも自分では使うことも処分することもできなくなります。自分で貯金した銀行預金も使えなくなるのです。家族でも引き出せません。
暗証番号を知っていれば引き出せるという人もいるかもしれませんが、これは法律的には代理権がないので無権代理行為となり、本人の追認がなければ無効になります。認知症になれば追認はできませんよね。
これから先、ATMでの現金引き出しも生体認証が必須となり、預金もマイナンバーで管理されるようになると、暗証番号を知っていても本人でなければ引き出せなくなる可能性があります。将来、認知症になっても困らないように、自分の財産を信託財産として、信頼できる人の名義に変えておくことが必要です。そうすると信託財産にした金銭を預金した口座の名義は信託の受託者の名義になりますので、受託者が預金から現金を引き出すことができます。
信託している財産が不動産なら不動産の名義が受託者になるので、今後その不動産については賃貸借契約も売買契約も受託者が受託者の名前で行うことになります。債権や株式なども信託財産にすると名義が受託者に変わり、受託者が管理することになります。受託者は目的に従い財産を管理します。
その信託財産が、もともと財産を持っていた人の老後の生活のために信託されたものであれば、それは老後の資金に使われますので、信託財産からの利益を使って介護されることになります。家族の生活のためであれば家族の生活のために使われます。
したがって、何のために信託をしたのか、その目的が大変重要になります。受託者が直接介護するのではなく介護するために必要な費用を受託者が支払うということです。受託者が管理できるのは信託された財産のみです。人を管理したり、面倒を見るわけではありません。
認知症対策は親愛信託と後見人制度を使い分ける
このようなことから、たとえば委託者がお父さんであれば、受託者がお父さんの代わりにすべての契約行為などを代わりにできるわけではありません。お父さんの代わりに契約行為をするのは後見人のお仕事です。わかりやすく言えば「信託」は物に対する制度、「後見」は人に対する制度なのです。そのため、お父さんが認知症になっても老後が困らないようにするためには、「親愛信託」をしておけば大丈夫ではなく、「後見」も使う必要があるということです。
もちろん、その人の財産の内容や家族構成によっては、信託だけで大丈夫、後見だけで大丈夫なケースもあると思いますが、ほとんどの方の場合両方使い分ける必要があります。財産の管理だけきちんと信託でできるようにしていても、ご自身で何にもできなくなった時に代わりに誰かが自分のことをやってくれるようにしておく必要があるということです。
ということは信託の受託者がお父さんの代わりに借り入れをするということはできないということになります。借入は信託財産に対する処分等ではなく対外的な取引になりますので後見人のお仕事になります。この件はまたいつかご説明したいと思いますが、信託はあくまで信託財産に対する行為ができるということになります。
「信託」と「後見」は何に対して何ができるのかというのをきちんと把握しておく必要があります。現実的にはよくわかっていない部分があり、できてしまっていることもありますが、それがこれから先ずっとそうである保証はありません。認知症対策は、大切な財産は親愛信託を実行して、ご自身の身の回りのお世話や日常に必要な金銭は後見人にお任せするという使い分けをすることになります。任意後見の活用も必要になると思いますので、認知症対策は1日でも早い検討が重要です。
監修:特定行政書士 松尾陽子(まつお ようこ)
よ・つ・ばグループ協同組合 親愛トラスト代表
略歴
2015年行政書士まつおよう子法務事務所開業。
16年1月ソレイユ九州発足、同年8月法人化し(一社)よ・つ・ば親愛信託普及連合に名称変更。17年9月協同組合親愛トラスト設立。現在は専門家向けの連続講座やZoomセミナーなどを通じて親愛信託の普及活動に励む。
著書に『理想・希望通りの財産管理を実現する!カップルのための「親愛信託」』(日本法令)、『ここまで使える!自己信託&一般社団法人を活用した資産承継・事業承継(河合保弘氏との共著)』(日本法令)などがある。
(第1041号 2020年9月16日合併号 より引用)
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