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特集


【Jリーグ秋春制移行】道内キャンプ地、誘致へ熱戦
道内でサッカーJリーグのキャンプ地誘致合戦が熱を帯びている。例年2月だったシーズンの開幕が2026年から8月に変更することを受け、沖縄県などでのキャンプを冷涼な道内へ移行を検討するチームが増加。道が実施した誘致意向調査では27市町村が興味を示した。スポーツ振興を通じた地域活性化やまちづくりにつなげる狙いがある。 いち早く動いたのは東川町だ。24年に、観光関連事業者など、独自のネットワークを通じて、セレッソ大阪の誘致に成功した。町は宿泊施設の増設に着手。第三セクターが運営する保養施設を19棟から21棟に増やした。徒歩圏には食事会場や温浴施設を備え、受け入れ体制は万全だ。天然芝のグラウンドも新設。芝の養生にはセレッソや北海道コンサドーレ札幌のグラウンドキーパーが協力し、26年6月の開業を目指している。 24年、網走市には、柏レイソルから直接視察の申し入れがあった。グラウンドや宿泊施設の確認を経て正式な申し込みにつながり、こちらも誘致に成功した。 渡島総合振興局では、25年2月に「おしまJリーグ合宿誘致連絡会議」を設立した。過去には管内で川崎フロ


2025年住環境のキーワード 課題と各社の工夫
2025年度が始まった。住宅産業では、住宅の省エネ基準適合義務化やそれと連動した4号特例縮小がとりわけ大きな関心事だろう。


「自動手書き屋さん」でDM開封率アップ
自動手書きマシンの活用で温かみのある手書き文書を効率的に作成。DM開封率もアップします。


コムテックスがクラウドサービス
住宅業界でDX化が加速する中、施工現場の管理や住宅仕様決めのプロセスを効率化するクラウドサービスが注目されている。コムテックス(本社・富山)が開発した建築現場向けのコミュニケーションツール「Kizuku(キズク)」と、施主との打ち合わせを円滑にする仕様決め支援ツール「egaku(エガク)」は、現場の負担を軽減しながら業務の精度を向上させる。導入企業の間で高い評価を得ている。 kizukuのチャット画面 Kizukuは、現場の管理を一元化できるクラウドサービスだ。チャットベースのインターフェースを採用し、テキスト入力だけでなく、業界専用スタンプを活用。現場監督や作業員、施工業者間のコミュニケーションを円滑にし、伝達ミスの軽減やスムーズな情報共有に貢献する。 工程管理の効率化も実現する。あらかじめ商品や工事スケジュールを登録すると、ワンクリックで工程表を作成。ドラッグ&ドロップ操作で修正が可能だ。現場で撮影した写真や報告書は自動でクラウド保存。写真には手書きで注意点を加えることもでき、作業精度が向上する。作業員の入退場をワンタッチで記録し、リアル
連載


高岡茂夫さん/拓銀破綻…終焉と生還
【住区BOX⑦】 高校野球の名解説者として人気を博した高岡茂夫さん(76)には、忘れられない年がある。47歳だった1997年。胃がんの手術を受け、その4カ月後、所属する北海道拓殖銀行が経営破綻した。社会人野球の選手、監督として所属し、会社員としての舞台でもあった「第2の故郷」。2回掲載の2回目は、激動の年を振り返った。(村野森) テレビで高校野球の解説をする高岡さん スキルス性の胃がん 89年に拓銀の監督を退いた高岡さんは、円山支店の次長に就任し、同時に日本野球連盟で五輪選手の発掘、育成を始めた。札幌市内に2階建ての家を建てたのは93年。坪20万円程度の時代で、敷地60坪。家庭菜園もできるお気に入りの家だった。その後、関連会社「TBK(たくぎんビジネスサービス)」に出向。そんな充実の日曜が97年夏、唐突に暗転した。 高岡さん(以下敬称略)ある朝、家内に顔色悪いね、と言われたんです。朝から晩まで球場にいて、疲れてたんでしょうね。家内の妹が1年前に乳がんを患ったときの顔に似ていたみたいです。いつもは言うこと聞かないけど、胃カメラをのむことに


高岡茂夫さん/輝ける拓銀の記憶
【住区BOX⑥】 能美防災北海道支社(札幌)顧問の高岡茂夫さん(76)は北海道アマ野球界の第一人者として知られる。大阪で生まれ、東京の法大を経て、1972年に社会人野球の北海道拓殖銀行(拓銀→たくぎん)に入行。内野手として活躍した後、同行監督、JR北海道監督、札幌国際大監督を歴任し、高校野球の解説者としても人気を博した。2回掲載の1回目は、拓銀時代の寮生活を振り返った。(村野森) 高岡さんと拓銀のマスコット「たくちゃん」72年札幌五輪バージョン プロもうらやむ総合野球施設 50年以上前の北海道に、プロもうらやむ総合野球施設があった。札幌市清田区平岡のイオンモールがあるあたりに通称「たくぎんの森」があり、野球場、室内練習場、独身寮、テニスコート、体育館が隣接して建てられていた。本州育ちの高岡さんが拓銀の「平岡寮」に入寮したのは72年。極寒の2月だったが、雪や寒さより豪奢な施設に圧倒された記憶のほうが強い。 高岡さん(以下敬称略)室内練習場にボイラーが入っていて、至れり尽くせりの環境でした。苗穂にある今の日本ハム室内練習場みたいに内野がすっぽり


想いを叶える親愛信託 90
第90回「農地と信託」 農地法の規制により一般の民事信託として実行できない 「農地は信託できない」という説明は、正確ではありません。信託法上は、農地だから信託財産にできないというわけではありません。ただし、農地には農地法による権利移転の規制があります。 信託法第14条では、「登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産については、信託の登記又は登録をしなければ、当該財産が信託財産に属することを第三者に対抗することができない」とあるため。農地についても、所有権を受託者に移転して信託財産とするのであれば、形式的な権利移転の手続きとして、信託登記が必要になります。 ところが、農地法第3条第2項第3号では、「信託の引受けにより」農地の権利が取得される場合には、原則として許可をすることができないとされています。そのため、現在、一般の信託で農地を受託者に移転し、管理・運用してもらうという仕組みは実現できません。つまり、「農地は信託財産にならない」というより、農地法の規制によって、一般の民事信託として実行することができない


想いを叶える親愛信託 89
第89回「将来はみんなで分けたい」 遺言書なければ遺産分割協議が必要 所有者だった父親もしくは母親が亡くなり、遺言書はない場合には、相続人による遺産分割協議が必要になります。 自宅だけの場合もあれば、自宅と収益物件も複数ある場合もあります。相続対策をしている場合、「法人が所有しているから相続対策は必要ない」と考えている方もいますが、その法人は株式会社であることが多いです。しかし、その株式会社の株式は誰が所有しているでしょうか? その株の所有者が亡くなった時の相続もしくは相続税対策をしておく必要がありますが、それが出来ていないのに、法人が不動産を所有しているということだけで安心とはいえません。その株式会社の株の承継先を決めておく必要がありま す。株式を信託することもできるので、法人が不動産を持っている場合はその株について、親愛信託を活用することを検討していただければと思います。 遺言書なければ遺産分割協議が必要 では、不動産が個人名義になっていて、誰に相続しないといけないかを決めないといけないけれど、どうすれば一番争いなく相続人の取り分が
ひと


高岡茂夫さん/拓銀破綻…終焉と生還
【住区BOX⑦】 高校野球の名解説者として人気を博した高岡茂夫さん(76)には、忘れられない年がある。47歳だった1997年。胃がんの手術を受け、その4カ月後、所属する北海道拓殖銀行が経営破綻した。社会人野球の選手、監督として所属し、会社員としての舞台でもあった「第2の故郷」。2回掲載の2回目は、激動の年を振り返った。(村野森) テレビで高校野球の解説をする高岡さん スキルス性の胃がん 89年に拓銀の監督を退いた高岡さんは、円山支店の次長に就任し、同時に日本野球連盟で五輪選手の発掘、育成を始めた。札幌市内に2階建ての家を建てたのは93年。坪20万円程度の時代で、敷地60坪。家庭菜園もできるお気に入りの家だった。その後、関連会社「TBK(たくぎんビジネスサービス)」に出向。そんな充実の日曜が97年夏、唐突に暗転した。 高岡さん(以下敬称略)ある朝、家内に顔色悪いね、と言われたんです。朝から晩まで球場にいて、疲れてたんでしょうね。家内の妹が1年前に乳がんを患ったときの顔に似ていたみたいです。いつもは言うこと聞かないけど、胃カメラをのむことに


高岡茂夫さん/輝ける拓銀の記憶
【住区BOX⑥】 能美防災北海道支社(札幌)顧問の高岡茂夫さん(76)は北海道アマ野球界の第一人者として知られる。大阪で生まれ、東京の法大を経て、1972年に社会人野球の北海道拓殖銀行(拓銀→たくぎん)に入行。内野手として活躍した後、同行監督、JR北海道監督、札幌国際大監督を歴任し、高校野球の解説者としても人気を博した。2回掲載の1回目は、拓銀時代の寮生活を振り返った。(村野森) 高岡さんと拓銀のマスコット「たくちゃん」72年札幌五輪バージョン プロもうらやむ総合野球施設 50年以上前の北海道に、プロもうらやむ総合野球施設があった。札幌市清田区平岡のイオンモールがあるあたりに通称「たくぎんの森」があり、野球場、室内練習場、独身寮、テニスコート、体育館が隣接して建てられていた。本州育ちの高岡さんが拓銀の「平岡寮」に入寮したのは72年。極寒の2月だったが、雪や寒さより豪奢な施設に圧倒された記憶のほうが強い。 高岡さん(以下敬称略)室内練習場にボイラーが入っていて、至れり尽くせりの環境でした。苗穂にある今の日本ハム室内練習場みたいに内野がすっぽり


堀井和人さん/4世代つなぐ「緑の魂」宿る家
【住区BOX⑤】 大阪市内でスナックを営む堀井和人さん(78)はかつて、プロ野球の敏腕スカウトとして名を馳せた。現役時代は南海ホークスの外野手。父数男さんも南海の外野手として活躍した過去があり、日本で初めて親子とも日本シリーズに出場した記録を持つ。堀井さんには、今なお続く野球人生の原点になった風景があった。(村野 森) 親子2代南海ホークス 大阪市内でスナック「堀井」を営む堀井さん 思い出の場面は1950年代後半、大阪市内の2階建ての戸建て住宅が舞台だ。小学校低学年だった堀井さんは、母と7つ下の幼い妹との3人で父の帰りを待っている。父は南海黄金時代のスター外野手。自宅から5キロほど離れた大阪球場が仕事場だった。 堀井さん(以下敬称略)2階の物干しから大阪球場のナイターの光が見えるんよ。2階建ての広い家で、80坪くらいあったんちゃうかな。上町台地の端にあって、家の少し先が急な下り坂。周りに高い建物もないからずうっと遠くまで見渡せた。球場の明かりがフッと消えると、それが親父が帰ってくる合図。母親が夕食を温め直すためにコンロの火をつけるんよ。テレ


元テレビマン社長の設計図/STV興発 金子長雄氏
STV興発(札幌)は6月25日に定時株主総会、取締役会を開き、新社長に札幌テレビ放送(STV)の金子長雄取締役(61)を選出した。元テレビ記者、ディレクター、プロデューサーの経歴を持つ新社長に、新天地での舵取りについて聞いた。 ―新たなスタートを迎えて。 弊社の事業領域は4つ。プロパティー・マネジメント、人材派遣、保険、ハウジング。まずは4部門の課題把握に努めようと思っている。吉田前社長の実績を受け継ぎながら、おこがましいが、こんなことできないかということがあれば実現していきたい。 ―どこから始めるか。 実は意外とアナログが残っている。例えば書類が山積みになっていて、バインダーを開いて、確認して、印鑑を押す作業。電子承認なら省略できる。欲しいデータをエクセルのデータをたどって探すというのも非効率。システムに流し込めば一発でわかる。 ―イメージの中で、攻めていく部門は。 所有していたビル4棟のうち2棟(STV中央ビル、STV時計台通ビル)をSTVに移管した。ビル管理の業務委託料が入るのでまるまる減収ではないが、売り上げが減った分を他の領
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